2004年1月アーカイブ

今日は薄曇り。ほのかに青い空です。外気温は7℃。今週初めまでの冷凍庫並の気温から冷蔵庫気温に戻ったようです。

今朝、桃知さんの店主戯言で、村上泰亮の『反古典の政治経済学要綱』の話が書かれていたのですが、まさに、経済学の素養の全くない私にとっては難解きわまりないもので、『つまりこの文字の威力は、睡眠薬のような効果を持っている。』という言葉通りで、1ページ読んでは睡魔に襲われ、未だに30ページほどしか読めていないのです。桃知さんの言葉でぐさっと来たので、反省の弁です。

確かに、経済学とは、「人の営みを律する学問」として発展してきたわけですが、そこにある思想や考え方を理解するためには、社会科学や生物学的な思考方法を身につけなければ理解できないものがあると思うのです。

『自己言及→自分探し→わたしはなに?→そして自己と世界イメージとの兼ね合い→ことばでの意味づけ。』この流れの『反省』が出来ていない自分を反省し、自分にカツを入れて、『反古典の政治経済学要綱』を読み切れるようにしたいとは思うのですが、その前に読むためのスキルを身につけたいと思うのです。

そのために、まずは、社会心理学者である山岸教授の『信頼の構造』を読了し、咀嚼してみたいと思います。

今日で8ヶ月、Ozeki−Letterを毎週金曜日の定期発行を1回も休まず、[35号]を発行してきましたが、小関ミームの弱さを痛感しています。思えば、この自分の厚みのなさがその原因となっているような気がします。つまり、まだまだ勉強が足りないということなのでしょう。“オピニオン”或いは、“プロパガンダ”としてこの行政書士という業界でのチェンジ・リーダーを目指してきたのですが、今後は、さらにミームの重みとしての人格を磨かなくてはならない。と、思うのです。

『日々、勉強。これあり。』です。

と、意気込みはいいのですが、このところ目の疲れが気になってはいたのですが、今朝のTVで、PCの使いすぎや近眼の進行によって副交感神経が痛められて、自律神経が冒され、“根気がない”、“やる気がでない”などの症状が出ている人が増えている。という話があり、自分にもそういう症状が当てはまることを自覚しました。目は、大切な機能を持った器官です。気をつけたいと思います。

今日も青空が広がっています。今週初めまでの寒気団は去ったようで、昨日同様さほど寒さを感じない朝です。

山岸教授の『信頼の構造』を読み進めていますが、難解な上にいろいろなアプローチの仕方をしながら検証した考え方を書いているので、なかなかページが進まないのが実情なのです。ですが、だんだんと今まで見えなかったことが見え始めているような気がしています。

ところで、今日と明日の官報に建設業法施行規則の改正条文が掲載されます。
改正の主な内容は、今日付の日刊建設通信新聞の一面に詳細が書かれています。それによると、今回の改正は、経営事項審査とその一部である軽状況分析に関わるもので、申請様式の変更に加え、経営状況分析の審査機関が、公益法人改革の中でこれまでの「指定機関」から「登録機関」に変わることによる「Y審査」の厳正性、公正性を確保するための審査基準を定め、審査機関から国土交通大臣への報告義務を規定した。ということのようです。

施行規則の施行は3月1日からということなので、経営状況分析の「登録機関」の登録手続は、2月中に行われることになると思われるのですが、どんな機関がどれだけの数登録されるのかについては、今の段階ではまったく情報がないので分かりません。“会計事務所”(税理士)の問い合わせが多く来ているという話は聞いたことはあるのですが、個人の事務所が手を挙げても登録機関としての認定を受けられるのかはまったく不明です。

審査方法としては、Y(経営状況分析)が登録機関(民間)の審査となるため、X.Z.Wの部分をこれまでの経営事項審査という呼び名から“経営規模等評価審査”に変え、Pをこれまでの総合数値から“総合評定値”にかえて、これらの手続の総称を“経営事項審査”としたようです。

なんだか、複雑な手続になったような印象ですが、申請者側の手続的には現行とあまり変わらないようにした。とあります。とはいえ、経営状況分析の申請先が複数の登録機関の中からの選択になることや、これまで、経営事項審査結果通知書に自動的に記入されていたP(総合数値)が、“総合評定値請求書”に記入しないと算出されてこないなど、注意しなければならないことも多くなるようです。

信頼の構造

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今日は、すっきりとした青空が広がっています。外気温は不明(チェックを忘れた!)。でも、それほど寒い朝ではありません。

先週土曜日の桃知新春講演会のメインテーマ(たぶん)であった『信頼と安心』についての理解を深めるため、早速山岸俊男(社会心理学者)の著『信頼の構造』(東大出版会)を購入して読み始めました。

村上教授の『反古典の政治経済学要綱』もそうであったように、桃知さんの話のベースとなっているだけにかなり難解な本の一つではあります(笑)。が、下地があるので、何とか読みこなせそうです。

1回通読をしてみないことにはきちんとしたことは言えないのですが、昨夜読んだ範囲だけでも“目から鱗”の部分が結構あったので、これは徹底的に読む必要があると感じています。

普段何気なく使っている“信頼”という言葉の意味の深さに驚かされます。

『社会的存在としての人間にとって、信頼は非常に重要な意味を持っており、社会科学や人間科学のほとんどすべての分野で研究されている。信頼についての研究が行われている学問分野の名前を思いつくままあげただけでも、心理学、社会心理学、社会学、経済学、政治学、法学、文化人類学、経営学など、社会科学や人間科学のほとんどすべての分野にわたっており、これほど多くの分野で研究されているトピックはほかに思いつかないほどである。』(P11)

と、山岸氏自身が驚くほどなのです。が、『しかし、それほど多くの学者がこれほど多くの学問分野で研究を進めているにもかかわらず、残念ながら、信頼についての研究の現状は不十分な状態にあるといわざるを得ない。』というほど奥が深いものだと言えるのかもしれません。

なので、浅学非才な私の脳がこの本の内容を咀嚼するためには、かなりの時間を要しそうですが、今はとにかく1回目の読了を目指して頑張りましょう。

今日は曇り、真っ白な空です。外気温は3.5℃でした。

今朝、起き抜けに昨日のTVタックルを見た家人が『年金の資金運用で3兆円の赤字を出しているのに、責任をとるどころか担当者3人の給与が4千万円も出しているというのは、どう考えても許せない。日本のマスコミはなぜこういうことを追求しないの?』と、えらくご立腹でしたが、まったくですねぇ。

民間で株式運用に失敗して大赤字を出せば、その責任は当然追及され、最悪解雇ということになるのでしょうが、国会で共産党の追求を受けた小泉総理は「株式の運用にリスクがあるのは当たり前」と開き直ったそうです。しかし、そんなことをほっておいて年金制度改革で国民への負担を増やし給付を減らすという議論をされても納得できるわけがありません。

“改革”というのは、まずこれまでの制度の裏で溜まった膿を出し、透明性の高い制度、システムに変えていく作業だと思うのですが、そこには蓋をしてしまい、情報開示どころか、国会での追及に開き直るというのでは、“改革”など出来ようもありません。雇用能力開発機構の雇用保険を使った高額施設の投げ売り問題や、郵貯からの財政投融資で焦げ付いている省庁・外郭団体への不良貸し付け回収問題、そして、年金資金運用の失敗による巨額の赤字問題とあげればきりがないほど多くの問題が、誰の責任も追求されないまま“改革”の名の下での制度・組織の変更によってうやむやになっていこうとしてるように見えます。

一方で、ほとんど税金によってまかなわれている“議員年金”のW受給(地方議員と国会議員)問題は、やっと“これから検討する”段階のようで、現役議員の年金はこのままの状態が続くようです。それに高級官僚の天下りによる退職金問題もそのままになっているようです。

こんな社会でいくら道徳を説いても浸透するわけがないような気がします。この点では、日本のマスコミのあり方は、問われなければならないと思うのです。今朝も、経歴詐称疑惑を追及されている民主党古賀議員の街頭演説生中継をはじめとする報道が盛んに行われていますが、そんなこととはいいませんが、ほかにもっと国民にとって必要な情報の提供の仕方があるのではないかと思うのです。

今日はまだまだ、この件に関しては書きたいことはあるのですが、午前中に1件クライアント会社さんとの打合せが入っているので、ここまでにしておきます。続きはまたの機会に書いていきたいと思います。

今日も青空です。外気温も変わらず1.5℃。そろそろ湿り気が欲しいですねぇ。
一日が長いといいながらも1月も最終週に来てしまいました。年が明けてから特段の変化の兆しはなく、きわめて平穏な日常がすぎています。が、見えないところで大きな変化が起こっているような気がしています。

先週土曜日は、桃知さんの新春講演会と新年会に浅草まで行って来ました。午後1時に来客があったため、講演会には1時間遅れの参加となってしまいましたが、約1時間の聴講でもかなり内容のある話で、大いに勉強をさせていただきました。ただ『信用・信頼と安心』の話(たぶんあの講演のメインテーマ)については、彼の話のベースとなっている山岸教授の本を読んでいないので、まだまだ十分な理解ではない自分を自覚しました。

浅草ビューホテルでの新年会は、たぶん100人近くの方が全国から参加されていたと思うのですが、桃知利男という個人名で、あれだけの賀詞交歓会をやってしまう彼のパーソナリティに感服させられました。

講演会から新年会まで2時間も時間があったので、埼玉の小栗さん新潟の小川さんを誘って久々に浅草フラワー通りにある『捕鯨船』という鯨のお店で軽く飲んでから会場に向かったのですが、会場には、全国から垂涎もののお酒が集まっていたので、その近くに陣取って、大いに堪能してきました(笑)。

しかし、普段、毎日のようにネット上で発信されている情報を読ませていただいている皆さんとのF2Fでの出会いと語らいは実に楽しいものでありました。そこには確実に“自分で情報を発信する・自分で情報を取得する・自分で情報を利用する”というインターネット精神文化が息づいていました。まさに、桃知利男という人物の求心力によって集まった人々のコミュニティが形成されて“信用と信頼”が培われている様を見たような気がしています。

見方によっては、“桃知教団”のように見えなくもないのですが、多くの皆さんがきわめて自律的で、決して教条的に桃知理論を受け入れているのではなく、それぞれがその論理を咀嚼して日常に活かそうとしていることに感動させられます。そして、その“場”に自分が参加できたこと、その“場”を提供してくれた皆さんに心より感謝です。

もらったエネルギーを活かして今週も頑張りたいと思います。(轟さんはじめ、二次会、三次会で夜遅くまでおつきあいいただいた皆さん、お疲れ様でした。そして有り難うございました。)

今日も乾燥した晴天が続いています。出勤時の外気温は1.5℃。冷たい風がびゅんびゅんで体感的には肌を刺すような寒さです。

今朝のTVニュース番組で、昨日元プロレスラーの高田延彦氏とタレントの向井亜紀さん夫妻が、アメリカで代理出産した双子のお子さんの出生届を居住地の区役所に提出したが、役所側が受理を保留したというニュースがありました。

一見芸能ニュースのようですが(TVではそういう扱い方でした。)、ことは国籍法、戸籍法の問題なので、職業的関心を持たざるを得ません。

向井さんが数年前の妊娠時に子宮ガンであることが分かり、子宮を全摘出しているので、夫婦の精子と卵子を受精させ、代理母の子宮に入れて妊娠・出産という形をとらざるを得なかったという事情はよく理解できますし、“代理出産”が日本では認められていないのでアメリカでの代理出産を選択せざるを得なかったことも理解できます。

なので、受精されたDNAは、明らかに日本人の夫婦のDNAを受け継ぐものなのだから日本人の夫婦の子として認定しても問題はない。と、私自身は思うのですが、現在の日本の法律の建前は、実際に出産した女性を“母”とする考え方が通説となっているので、この場合、向井さんを母とする出生届はたぶん受理されないであろうというのが大方の見方のようです。

今回、このような問題となったのは、芸能人であるが故に公表をせざるを得なかった。従って、正攻法で手続を進めているので、正規の判断を要することになったというコメントがありましたが、実際、一般人の場合には、密かに行われるので、役所も事情を把握していないので、代理出産でも、日本人の母の子として出生届が提出されれば、そのまま受理されてきたようです。

これから出生届を受け取った区役所は、法務局にお伺いを立て、法務局は法務省に伺いを立てて法務相が結論を出すことになるのですが、どういう議論をし、どのような結論を出すのかについては、大いに関心を持たざるを得ません。

少子高齢化へまっしぐらの日本社会にとって、子の出生は大事な問題です。生みたくても生めない夫婦が少なからずいるという話をよく耳にします。従来の思考にとらわれず、原則は原則としてもきちんとした議論のもとに例外を認め、柔軟な対応が出来る社会になることを望みたいものです。

素朴な疑問

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今日は、すっきりとした青空です。外気温は昨日と変わらない気温でしたが、風があり、体感温度はかなり低いようです。

昨日国会が始まり、代表質問での民主党の菅代表と小泉総理のやりとりが報道されていましたが、自衛隊のイラク派遣部隊の本体が出発しようとしているこの時期での意見論議を持ち出す菅代表にもそれをはぐらかす小泉総理にも“何かが違う”のではないかという印象を持ちました。まぁ、フリーハンドでの代表質問に挑戦した菅代表の姿勢はそれなりの評価をされてしかるべきだとは思うのですが。。。

ところで、航空自衛隊の派遣部隊の移動に政府専用機が使われるという報道があり、福岡空港で待機している政府専用機の映像もありました。が、ここで大きな疑問を感じました。この間の先遣隊の移動に民間機を利用したこともそうですが、なぜ自前の航空機(輸送機)を利用しないのでしょう。専守防衛という建前から航続距離の小さな航空機しかないのでしょうか?

陸上自衛隊の先遣隊の使用する軽装甲車などの機材もロシアの輸送機が運んだことも疑問です。それもこれも自前の航空機が撃墜されてはいけないというテロ対策なのでしょうか?もし、そうだとしたなら、それこそ世界の笑いものになってしまうように思われるのです。いずれにしても、イラク復興支援の名の下に湯水のごとく無駄な費用が使われていく。。。そんな風に感じて、これらの報道を見聞きしています。

ところで、1月16日に開かれた政府の経済財政諮問会議で発表された『構造改革と経済財政の中期展望ー2003年度改訂』という文書を首相官邸からダウンロードして読んでいます。政治的な文章なので、今の政府に都合の悪い書き方はしていませんが、以前のものに比べて難解になったような気がしています。

その中で気になったフレーズは、「・行政サービスの民間開放に当たって障害となる制度や規制を改革する。」ということが、我々の制度にどのような影響をもつのかという点と、「・建設業をはじめとする地域の基幹産業における事業転換など経営革新を推進する。」ことが、具体的にどんな施策に繋がるのかという2点なのですが、「建設業における事業転換」とは何を指し示しているのかは是非とも聴いてみたいと思うのです。が、もう少しきちんと読んで疑問点を整理してみたいと思います。

今日は曇り。外気温は4℃でした。二日連ちゃんで相当量の酒を飲んでしまったので、今朝は家人から“酒臭い”と総攻撃を受け、少々へこんでいます。ハハ。。。ハァ^^;

今朝、メールチェックをしたら、あるMLで1/18の日経新聞の電子政府に関する記事を紹介してくれていました。読んでみると、日本の電子政府づくりは、利用者の視点が後回しになっており、国連が昨年11月に発表した“電子政府ランキング”では、日本は総合評価で18位にとどまっているそうです。

このところ、日行連の農林建設WG委員として国土交通省の汎用受付システムや、電子入札等の関係で担当官の説明を聞き、代理申請システムなどの折衝したりしてきたので、何となく違和感を感じてきたのですが、やっぱり、官主導で国民の側に立ったシステム作りという観点が欠けているようです。

問題は、国が電子政府づくりにしゃかりきになっている割に、自治体レベルではほとんどそれに連動した動きが出ていないために、中央省庁の直轄の部分だけだけが先行状態なので、多くのj自治体経由の行政手続の電子化が進んでいないので、非常にわかりにくい状況にあることや、公的個人認証という非常に厳格な本人確認にこだわっていることにあるようです。

本人確認については、アメリカではID・パスワード方式を採用してる例が多いようなのですが、日本では、“住基カードのICチップに電子証明書を書き込んでもらい(3年間で500円)、専用のカードリーダーを自分のPCに接続して読みとる方式になっているので、国民の負担が現状では1万円前後かかってしまうので、住基カードの普及は今年の3月末で80万枚にとどまる見込みだそうです。

記事の中に「米国などがとりあえずやってみようと考えたのに対し、日本は厳密な本人確認を求めました。日本の公的個人認証は世界最高水準の技術ですが、普及しなければ世界中の笑いものになりかねません。」という東工大の大山教授のコメントがありますが、実際、世界最高水準のIT投資をしながら“笑いもの”になったのではしゃれになりませんですねぇ。

それでも、総務省の担当官は“2年後には世界のトップに追いつくことが出来る。”と強気の発言をしているようなので、かなり強引に電子政府の立ち上げをしていくようです。いずれにしても、来年には電子政府が実際に動き始めるわけですから、このままでは、システムのハード部分だけが先行し、国民(利用者)にとっては使いづらいシステムになってしまいそうです。

昨日の一日

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昨日の雨は午前中のうちにやんで、今日は晴れています。日中は暖かくなるようですが、朝の外気温は2.5℃でした。

昨日は、午後から国土交通省に行き、日行連農林建設WG委員として来週出される経営状況分析及び企業規模評価申請書(両方をあわせて経営事項審査)様式の変更に関する国土交通省令の説明を受け、その足で、横浜で行われた神奈川県行政書士会の賀詞交歓会に出席し、その後場所を変えて新年会をやってきました。

国交省へは、様式の変更に伴い行政書士としての意見を聴いてもらうためにいったのですが、すでに来週29日の官報に掲載される段取りまでいっているので、完全に省令としてまとまっている段階で、一字一句変えることが出来ないということで、意見は言ったものの、今後の事務連絡等で、趣旨をくんでもらうということしかできませんでした。

賀詞交歓会には1時間30分ほど遅れて入ったので、来賓の国会議員の方々や松沢知事らの挨拶はすでに終わっており、懇談のさなかであったので、会場内を一通りまわって多くの会員の皆さんと新年の挨拶を交わさせて頂いてきました。その間に、多くの皆さんからOzeki-Letterを読んでいるとお声かけいただきました。心から感謝です。

その後の気の置けない仲間の皆さんとの新年会では、大いに酒を酌み交わし、いろいろな話をし、楽しい時間を過ごしてきました。

今日は、午前中に先週金曜日に他界された小田原支部会員行政書士の告別式に参列し、午後からは東京新橋の浜離宮建設プラザで開催される建設産業史学会に参加してきます。

今日は、朝からしとしとと冷たい雨が降っています。外気温5℃。
今日19日は、私の51回目の誕生日なのです。いよいよ本格的に50代の仲間入りです。去年50歳になったときには、結構自分の中では抵抗感があったのですが、今日は素直に50代を受け入れています。まぁ、抵抗しようがありませんものねぇ^^;。

昨日は、午後から息子殿と連れだって、ヴァージンシネマで「ラスト・サムライ」を見てきました。何しろ、映画館で映画を見るのは25年ぶりという奴なので、行くまでが大変でした(行こうと言い始めたのは正月休みですから。。。笑)。

「ラスト・サムライ」は、テレビで渡辺謙が、“武士道”について熱く語っているのを見て、新渡戸稲造の“武士道”を読んだものとしては、是非見ておかなければならないと思い、久々の映画館での映画鑑賞となったわけです。

しかし、映画館も変わったものだということで、まず驚きました。小田原のヴァージンシネマは、わりと新しいのかもしれませんが、私の頭の中にあった“映画館”というイメージはほとんどなく、こざっぱりとしたセンスの良い雰囲気のメインロビー(2F)があり、通路も広く、座席もゆったりめで、肘掛けの飲み物をおくカップホルダーがついているというサービスの良さで、なかなか居心地の良い空間でした。

映画の方は、画像や俳優の演技はそれないものがありましたが、明治新政府が舞台となっているのにもかかわらず、歴史的には通常の理解を超えた設定や、あの時代にしては、やたら英語に堪能な日本人がいたり、やっぱりアメリカ人がつくったアメリカエンターテーメントだなぁ。という感想でした。

ただ、昔の日本人の“武士道”という世界のまじめさ、奥ゆかしさ、礼儀の正しさ、尊厳のようなものはそれなりに表現されていたので、この映画によって、“グローバル武士道”が学問として成立しはじめているというのも理解できるような気がしました。が、これを見た日本人のどれだけの人が“武士道”によって培われた“道徳心”や礼儀”などの社会規範を理解できたかは、大いに疑問ではあります。

郡について

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今日も快晴。出勤時の外気温は1.5℃。空気が肌を刺すような寒さを感じましたです。

昨日の新聞から話題をもう一つです。
昨日付の朝日新聞神奈川版に「湯河原町と真鶴町が合併し、湯河原市に」なることが決まった。という記事がありました。来年1月の合併だそうです。。。そこまで合併協議が進んでいることを知らなかったので、ビックリです。

確かに、湯河原町と真鶴町は、経済的にも地理的にも一つにした方がよいとは思うのですが、どうにも“湯河原市”という名称には違和感があります。何かもっとほかになかったのでしょうかねぇ。

湯河原・真鶴は、神奈川県足柄下郡に属しているのですが、足柄下郡にはもう一つ箱根町があるのです。3町のうちの二つが合併して市になってしまった場合、この足柄下郡という行政区画は1町になってしまうことになります。ほかにも一町になってしまった郡は、神奈川県内にいくつかあるのですが、地方自治法259条2項によって当然に一郡一町になってしまうようです。

“郡”とは、地方自治法施行以前にあった“郡長の管轄する区域”をそのまま受け継いだとされているのですが、現状では、“郡長”なるものは存在せず、その庁舎すらない状況なので、ほとんど地域を特定する名称だけの存在となっているように見えます。もちろん郡には“市”は入れないので、合併によって取り残された町だけが“取り残されているという寂しさ”だけが強調される呼び名という印象になってしまいそうです。

もっとも、今回の合併によって足柄下郡の一町となる箱根町は、世界的に有名な観光地なのでこの名前を変えるわけにはいかないという力も働いたのでしょう。それはそれで良かったとは思うのですが、だとすれば、よけいに“郡”などという名ばかりの制度はいっそ廃止してしまった方がよいのではないかと思うのですが、いかがなもんでしょうかねぇ。

「市に住んでいるやつがよけいなことをいうな」って声が飛んできそうですが、お許しを(笑)。

今日も雲一つない快晴状態です。が、外気温2℃です。お〜、さぶ^^;

今日付の建通新聞湘南県西版に「南足柄市 16年度から一切の現説廃止−工事希望型指名競争を導入」という記事があります。
記事によると、鎌倉市の入札制度をモデルに具体化をしたとあり、今後の電子入札対応などについては未定とあります。

県西でも入札制度改革の動きが出てきたようです。が、市町村レベルでは、首長の意向がそのあり方を決めてしまうインパクトがあり、昨年末の“ガイアの夜明け”で話題となったようにかなり恣意的な動きになっているように思えるのです。が、この問題については、もう少し研究を深めてからのコメントにしたいと思います。

問題なのは、「価格のみの競争」から、「本当に必要なものを適正な価格でつくる」という基本部分の議論をきちんとしているかどうか、そして、地域経済の活性化を図り、地場建設業者の再生のために必要な“公共工事に対する市民との信用と信頼”を取り戻すための手だてが考えられているかどうかなのだと思うのです。

単に、“談合の排除、競争性の強化”だけを柱に据えて、価格が下がればよいというのでは、改革と呼べるようなものではなく、かえって無用の混乱を引き起こすだけだと思えるのです。公共発注者だけが委員会等を作って検討するのではなく、エンドユーザーである消費者(市民・納税者)と受注者である地場建設業者を含めた第三者機関を設けて、今後の地域における公共工事のあり方を含めた検討がなされることが必要だと考えます。

建設CALS/ECが“公共調達”という側面だけで走っており、何ら戦略性のないまま国から地方への拡大局面に入ってきたので、今後、電子入札、電子調達が地方レベルで急速に普及していくものと思われます。しかし、戦略のない電子化は、単純に地場中小建設業者の排除につながってしまいます。そのことは“横須賀方式”の実績を見れば明らかです。

地域における公共工事に関する電子化を含めた入札・契約制度改革が、地域のための街づくり、地域経済の活性化、地場建設業者の再生という本来の意味での“改革”に繋がるためには、行政という公共発注者主導の制度変更ではなく、“公共工事という産業”の枠組みそのものを市民レベルで議論する場が必要なのだと思うのです。

何かが変だ?。。。

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昨日の雨は朝のうちに止んでしまい、今日は、すっきりとした青空が広がっています。ただし、寒いのです。
と、一行書いたところでお客様がお見えになり、1時間以上話し込んでしまったので、昼近くのアップです。

今、バイトが休みで暇をもてあまして、たまに事務所に遊びに来た娘が私の目の前に座って免許更新の話などをしているので、何を書いたらいいのか分からなくなってしまったので、今日はなしにしましょうかねぇ。と書いたら、“娘のせいにするな”と怒っています(笑)。

このところ、小田原にいる限り、きわめて静かで平穏な日々が続いています。
ただただ時間が過ぎていく感じで、一日が長く感じられる今日この頃なのです。テレビや新聞などの報道を見聞きしていても、これといったニュースはなく、だらだらと緊張感のないまま世の中が推移しているように見えます。どうしたものかという思いが募るのですが、どうにもしようのないもどかしさを感じています。

今年になってから読んだ猪瀬直樹著の『道路の権力』に描かれた道路公団民営化の攻防は、結局官僚と族議員の側に軍配が上がったようで、民営化推進員会は瓦解してしまったような有様です。つまりは、猪瀬氏がいうように、小泉首相は「起承転結の“起”しかない」ということのようです。国民の側からすれば、「やっぱり小泉改革は、かけ声だけだったのか。」という風に写ります。

これ(だけではないでしょうが)が、国民の側の無力感を生み、無気力感を醸成しているような気がします。個別の政策には反対が賛成を上回っているのに、また、イラクへの自衛隊派遣に関する首相の説明には納得していないと答えた人が90%もいるのに内閣支持率があまり落ちていないのは、やっぱりその裏返しなのでしょうか。

昨年末には、2004年は大きな曲がり角の年になるという識者の意見が多くありました。しかし、年が明け、このところの風潮やマスコミの論調からはそういった危機意識はほとんど感じられない状況になっています。どうしたことでしょう。“何かが変だ”と感じ始めているのは私だけでしょうか。

ジェンダーフリー

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今朝は、久々の雨が降っています。このところ乾燥した日が続いていたので、良いお湿りになりそうです。

昨夜のTVタックル(朝日テレビ)を見ていたら、男女共同参画社会の話題で、“ジェンダーフリー”という言葉を初めて知りました。
そこで、サイトを検索して『平成12年度文部省委嘱事業「0才からのジェンダー教育推進事業」』というのを見つけたので読んでみると

【ジェンダーとは?】
「男は泣くもんじゃない。」「女はおとなしく控えめが良い。」などのように、性別によって男女のイメージを決め付けてしまうことがありませんか?
 これが、ジェンダーです。
 ジェンダーは、社会(経済・政治)のありかた、歴史や文化の影響をうけて形成され、私たちの生活や意識のなかに、知らず知らずのうちに入りこんで、行動や考え方、ひいては、一人ひとりの生き方にまで影響しています。

【ジェンダーフリーとは?】
気づかないうちに、私たちを(まわりで、また自分自身で)縛りつけているジェンダーから自由になること。
 「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」ときめつけないで、人間として、自分らしく生きるためのキーワードです。

と、ありました。私は、決して性差別肯定論者ではありません。強いていうならば、「男女共同参画社会推進論者」かもしれません。が、このジェンダーフリーという考え方には違和感を覚えます。

男女は、その身体的特質や脳の働き方(若干の構造を含む)に生まれもった違いがあることは明かで、その互いの特質を活かしつつ性に関係なく社会の一員としての責任ある行動をとるという社会規範の下に社会システムの中での不平等、不公平をなくそうというのが“男女共同参画社会”の考え方だと思うのです。

「男は男らしく」「女は女らしく」というのは、生物学的にはホルモンの働きによるもので、それを自然に受け入れることがなぜいけないのでしょう。この“ジェンダーフリー”という考え方が行き過ぎた場合、このホルモンのバランスを崩すこととなり、社会的な混乱を引き起こすのではないかとよけいな心配をしたくなります。

すでに、地方によっては、このジェンダーフリーの考え方を前面に出した条例などが制定され、教育の現場などに持ち込まれているようです。
しかし、「人間として、自分らしく生きるため」というキーワードが、穿った見方かもしれませんが、社会規範を否定し、利己的な人間を創り出すキーワードになるような気がしてなりません。

問題は、男女共同参画社会という理念に基づく社会規範を確立し、その社会規範に基づく「道徳」を教育するという姿勢がないことだと思うのです。昨日の成人式での一部の馬鹿な不心得者の行動を見ても、今、日本社会で最も欠けているのは、「人に迷惑をかけてはいけない。」「目上の人を敬う。」であるとかの「道徳心」を育てる教育がなされていないことだと思うのです。

「男女共同参画社会」という理念を掲げることは必要なことだとは思うのですが、その前に人間として、社会の一員としての価値観の共有とそれに基づく社会規範・道徳を確立することが重要なことだと思うのです。

おどる“負担増”

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今日も晴れています。が、かなり冷え込んでいます(小田原にしては。。。です。)

この寒さを感じている中、今朝の新聞にも『負担増』の文字が目立っています。今朝の記事は「介護保険料率の改訂」に関する記事だったようですが、年金保険料、消費税等々庶民の懐に直結する税負担が重くなる話題が目白押しです。特に、貧困層や、中小零細企業の負担がどんどん増えていくような感じを受けています。

経済的には、富裕層と貧困層、弱者と強者の二極分化がどんどん進んでいるように思えるのです。小泉内閣は、アメリカ型の2割の富裕層が残り8割の総所得を超える富を独占するような社会を目指しているのでしょうか。もしそうだとするならば、小泉首相のいう“痛み”は、一時的なものではなく、未来永劫、国債残高が0になるまで、続くということなのでしょうか。

政治家や官僚、役人だけが現行の支給水準が維持され、これまで信じられないほどの“税金の無駄遣い”をしてきた責任をとろうともしないで、負担だけを国民に押しつけるやり方はどう考えても納得できないものがあります。

国民の側からこのような意見が出ると、政治家や官僚は、分かったような理屈を言い、“素人は黙っていろ”といわんばかりの態度を示すことがよくありましたが、これだけ情報の入手が容易となり、いっていることの中身が見えいてきている状況では、基本となる理念や考え方が問題となるのです。

小泉内閣のメルマガで、『 「改革の芽」を「大きな木」に育てていくために、手綱をゆるめることなく、改革を進めてまいります。』といっていますが、この国をどのような国にしていくのかという基本的なビジョンをきちんと語る必要があると思うのです。

今日は、抜けるような青空が広がっています。すっきり快晴です。出勤途中の小田原大橋から見えた富士山がきれいでした。
しかし、今週は“まだ木曜日?”と思えるほど長く感じています。心棒がはずれてふぬけた一週間を戻すのを体が抵抗しているようですねぇ。

『考える人』(養老猛司著)を読み進めています。この本の副題が「脳はなんのためにあるのか」とあるように、普段意識していなかった“脳”というもののすごさを考えさせられています。

心の自由度

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今日は、薄日が差す曇り空です。体調は曇天。今朝は、低周波マッサージ器をやっていて遅刻をしてきました。年末年始休みでそれまで溜まっていた疲れがどっと出てきた感じです。

懸案のこのサイトのリニューアルは、息子殿と私の意見がなかなかかみ合わず難航しています。今度は、合同事務所としてのサイトになるので、息子殿の意見を無視するわけにも行かず、さりとて、私の考えているイメージを大幅に変更するというのも受け入れがたいものがあり、ロゴ一つ、ボタン一つからケンケン諤々とやっていますので、まだまだ時間がかかってしまいそうです。

今年のあれこれ

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今日も穏やかな天気になっていますが、さすがに“小寒”ですねぇ。寒い朝です。
昨日は、仕事始めということもあって、来客もそれほどなく、忙しくはなかったのですが、それでも結構疲れましたです。

昨日の株高を受けて、日本経済は引き続き回復基調にあるという論評がなされています。しかし、その実感は伝わってきません。さらに先行き不安が募っているのではないかというのが正直な気持ちなのです。

今日も穏やかな天気が続いています。
終わってみるとなんだかあっという間の休みでした(まぁ、よく飲みましたが^^;)。今日は、もう仕事始めで、平常業務です。頑張りましょう。

今朝の朝日新聞一面トップに国土交通省の“自動車登録ワンストップサービス”に関する記事がありました。この問題では、昨年パブリックコメントを募集したので、かなり多くの行政書士から意見が出されたのですが、記事では、見事に無視をされています。仕事始めの朝の情報なので、全国的に物議を醸していることでしょう。

鮭児の刺身

今日も穏やかに晴れて比較的暖かい朝です。今日は、箱根駅伝の往路なのでこの天候でよい記録が出そうではありますねぇ。
昨日は、夕方刺身が食べたくなってロビンソン百貨店まで行って来ました。しかし、元旦から全く変わらない日常がそこにはありました。売り場も買い物客も普段と変わらない品揃え、そして、混雑でした。

と、言うのが恥ずかしいくらい感慨のない年越しでした。単に年が変わった程度にしか感じられないので、何がおめでたいのかが分からないと言うのが本音なのです。

とはいえ、今日は風もなく、薄曇りなから穏やかな元旦を迎えています。

昨年は、本当に思うようにいかなかった一年でしたが、今年は昨年を引きずることなく、ポジティブに生きてみたいと思います。
しかし、今年は、昨年以上に私の事務所にとっても、行政書士制度にとっても苦しい状況に陥っていくことが予測されます。この2004年という年は、来年2005年の電子政府の稼働(情報化社会元年)に向けて日本社会のあらゆるところで、新たなスキーム(枠組み)が姿を現してくると思われます。新たな社会システムが現実に見えて来る年だと考えています。

今年を生き抜くためのキーワードは、『従来型の思考、やり方との決別』です。今年中に我々が生き残っていくための新たなスキームを創り出し、新たなビジネスモデルを創出することによって、新たな社会システムの中で生き残り、発展していける礎を創らなければならないのです。

私の脳の中では、かつてないほど危機意識が高まっています。今年が、我々の行政書士という制度が『茹でガエル』にならないためのタイムリミットであり、まさに崖っぷちの年になると考えているからに他なりません。

しかし、だからといって一人では何も出来ません。昨年お世話になった多くの人たちやさらに多くの方々と今の現状、時代認識を共有するために語り合い、出来るだけ多くの皆さんとの間で共通した認識を持てるように全力を挙げて取り組みたいと思っています。

私は、この「激変期」の中で、従来型の社会システムとして機能してきた行政書士制度を新たな社会システムに移行するために必要な改革を加速するためのチェンジリーダーとしての役割を担うべき時が来たことを確信しています。

昨年の元旦に、このように書きました。が、残念ながらリーダーシップを発揮するための“場”を得ることが出来ませんでした。しかし、“激変期”の2年目に入る今年は、だからといって座しているわけにはいきません。自ら“場”を作り、我々にとって必要な新たなビジネススキームをつくるためのリーダーシップを発揮してチェンジリーダーとしての役割を果たしていきたいと考えていますので、皆様方の変わらぬご指導・ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

本年が、皆様方にとって幸多からんことをお祈りいたします。

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