一部マスコミの責任は重い

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今日も穏やかに晴れています。

昨夜、イラクで人質となっていた3人の無事解放のニュースが突然入ってきました。本当によかったと思います。

それにしても、今回の日本のマスメディアの一部に人質となった3人をまるで犯罪者のように扱い、過去(本当かどうかもわからない)を暴き、プライバシーを踏みにじるものまであったことに怒りのようなものを感じました。

昨日の朝刊に掲載された週刊新潮の広告には、『人質報道に隠された「本当の話」』という大見出しで
・共産党一家が育てた劣化ウラン弾高校生
・12歳でたばこ、15歳で大麻 高遠さんのすさまじい半生
・子持ち離婚でも戦場カメラマンを選んだ郡山さん
という見出しが並んでいました。なぜこんな見出しで記事を書く必要があるのでしょう。どこに公益性があるのでしょう。私には“ペンの暴力”としか思えません。

先だっての田中真紀子議員の長女の出版差し止め事件の時も書きましたが、プライバシーを踏みにじるマスコミに対して“事後救済”があるではないかという議論は、あまりに冷たすぎるように思うのです。今回、突然人質となった3人は、公人でも有名人でもありません。まさに彼らのプライバシーは十分に尊重されなければならないのです。

インターネットの掲示板サイトでも家族の皆さんに対する誹謗中傷のたぐいのものであふれていました。人質が解放された今、もっと辛辣になっていることでしょう。掲示板への書き込みは、あくまで個人がハンドルネームでやっていることで、無視をすればよいことなのかもしれません。しかし、マスコミによって踏みにじられる個人のプライバシーは、個人の力では防ぎようがなく、いったん侵害されたプライバシーは回復不能なばかりでなく、本人や周辺の人々に深い傷を残してしまうのです。

その意味において今回の人質事件を巡る一部マスコミの責任は許し難いと思うのです。人質となった今井さん、高遠さん、郡山さんの無事解放を心から喜ぶと同時に日本という社会のゆがみを感じてしまったのでした。

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このページは、が2004年4月16日 11:03に書いたブログ記事です。

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