今日の小田原は、朝方まで降った雨も止み、今は晴れています。気温も高くなりそうです。
今日は、連休の狭間で事務所に出勤しています。この連休は暦通りなので今週は今日と金曜日が出勤日です。しかし、3+3+2の飛び石連休(?)というのも出かける予定のない者にとっては気分転換が出来ていいのかもしれませんですねぇ^^;
ところで、このところJR西日本の尼碕での脱線事故をはじめ旅客大量輸送の業界の緩みというか利益優先体質による安全軽視と言われるような事件・事故が続いていますが、今度は、市民の安全を守るべき警察官が職務質問に非協力だと言うだけで一般市民に向けて至近距離から発砲し、重傷を負わせるという事件が起きてしまいました。
特にひどいと思ったのは、羽田空港の管制官が改良工事で閉鎖されているはずの滑走路に着陸機を誘導してしてしまうミスを犯し、幸い事故にはならなかったのでよかったですが、その滑走路の閉鎖情報を18人の管制官全員が失念していたという話。全く信じられない体たらくではありませんか。もし、滑走路での工事が始まっていたらと考えるとぞっとします。
何か、社会全体の“たが”が緩んでしまっているようにさえ思えます。これも、パラダイムシフトをしている時代の特徴なのでしょうか。
ヒエラルキー(階層)社会が崩壊し、上意下達の命令系統がうまく動かなくなってしまい、まだ高い自律性が育っていない“個”の判断に委ねられる結果、日常の“ハッと、ヒヤッと”の増大となり、信じられないような“個”の判断ミスや操作ミスを惹き起こし、それが重大な事故に繋がっているように思えます。
つまり、これらの事件・事故は、システムの問題ではなく、情報化社会(脳化社会)に対応できる高い自律性を身につけた人的資源がまだ育っていないことの表れなのだと思われるのです。だとすると、これらの事象はまだまだ今後も惹き起こされると考えた方がよいのかもしれません。高い自律性を身につけた人的資源を創り出すために何をすべきなのかを考えることは、今の社会にとって急務なのかもしれません。

大変ご無沙汰しております。引っ越しに伴うインターネットの再手続きがとても面倒でつい半年ほどお留守になっていました。GW如何お過ごしですか。さて,,,,
> 高い自律性を身につけた人的資源がまだ育っていないことの表れ
車の運転を始めた頃からとても不思議に思っている事があります。この時期,特に車に乗っていると渋滞に出会しますが「この渋滞の先頭は誰だ?」と思ったことありませんか?
渋滞の先頭付近と思われるところまでなんとか行くとその先は車が走っていない空間が生じます。そしてその集団を置いてけぼりにして暫く走るとまた,渋滞がはじまり,それを抜けていくとまた空き空間が生じる。
なぜでしょうか?
この場合,集団で走行するということは楽なんだろうな,安心なんだろうな,と思えることです。
互いが寄り添って何となく集団を作って行くことが楽,安心,,,などの心理状態を生む。それを無意識に受け入れてしまっているのではないか。
こうした人達が作っている集団(社会)の人が高い自立性をもつに必要なスキルとはなんぞや?という問の答えには私はそれが「なに」なのか解りかねています。