小関ブログ

被害予想に思うこと

今日も曇の朝です。

風はないのですが日差しがない分寒々とした感じです。でも気温はそれほど低くありません。

昨日のニュースで太陽に異変が起こっているそうで、その影響で10年後の地球に異変をもたらすという話です。

よくわからない話ですが、太陽が冬眠状態に入り、17世紀にも同様の変事がありイギリスのテムズ川が凍ったそうです。

10年後に私が存在しているかどうかは定かではありませんが、老いた体にはきつい環境になりそうですねぇ(汗)。

ところで、このところ首都圏直下型地震の被害予想が話題になっています。が、被害予想ばかりが先行し、恐怖心を流布しているような状況はいかがなものかと思ってしまいます。

自然の災害に対して人間は無力です。

座して死を待てとまではいいませんが、災害時いかに臨機応変に目の前に迫る危機を理解して行動できるかにかかっているように思うのです。

被害予想をしてその危機を事前にできる限り認識しておくことは大事かもしれませんが、そればかりが先行して危機に備える心構えをきちんと伝えないとかえってパニックを煽る結果になるのではないかと余計な心配をしたくなります。

首都圏直下型の関東大震災の震源は小田原の根府川であったことはあまり知られていません。

その小田原は、30年も前から70年周期説という説を根拠にいつ起こっても不思議ではないといわれ続けているのもかかわらずこの間空白域になっています。

この状況は何も説明されないまま首都圏直下型地震の震源が別の場所に移動しているのはどういうことなのでしょう。

空白域の期間が長くなっているということはその間にエネルギーがどんどん蓄えられているという話も聞いたことがあります。

駿河湾を震源とする大震災予測はどうなったのでしょう。

昨年の東日本大震災が起こる以前、あの被害を想定したことはあったのでしょうか。

様々にデータを駆使して予測をする。それをさらに3D画像にしてリアルに見せるなどということによって異次元化してしてしまい、かえって危機感を実感できなくなっているようにさえ思えます。

学者が様々な研究成果に基づいて「説」を発表することは学術的には必要なのだと思いますが、言いっ放しではなく、きちんとした説明責任を果たし、それに対応して被害を最小限に抑えるための提案をし、それを政策に反映させる努力をするべきだと思うのです。

それらの努力のない被害予測は、それ以上の被害が出たときに行政が「想定外だった。」というためのアリバイ作りのようです。

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