小関ブログ

またまた反日デモについて

今日、月曜日の小田原はどんよりと曇っています。雨が落ちてくるような気配はないのですが、鬱陶しい限りです。 
今朝のテレビ報道も各局がこぞって中国における「反日デモ」を取り上げ、新聞各紙もそれぞれ一面で取り上げ、社説でも取り上げられています。この問題の根の深さを考えると軽々にものを言うことは適切ではなく、何とも割り切れないものを感じています。
なぜ、この時期に韓国や中国で「反日」が拡大し、竹島問題や尖閣諸島や東シナ海の天然ガス田開発問題などで厳しい対応を迫られる事態になっているのかがよく理解できないでいます。しかも、未だに中・韓両国の国民が「日帝」「日本軍国主義」の打倒をスローガン掲げてデモをやっている姿に何ともいえない違和感と嫌悪感を感じますし、石やペットボトル、たまごや汚物を投げつけ、破壊的な行動をしている画像を見ていると中国という国の危うさを感じずにはいられません。
戦後、日本は、戦争への反省から自国の交戦権を禁じた平和憲法の下で、一切の国際紛争にかかわらず、ひたすらODAなどを通じた国際貢献をしてきたわけで、現時点で、日本を軍国主義に戻そうなどという政治的な動きや好戦的な民族性を維持し続けているなどという認識はほとんどの国民にはなく、万が一、そのような動きがあったとしても、それは国民的なコンセンサスを得られないことは明白であると思うのです。
今回の中国における「反日デモ」の盛り上がりは、中国共産党による「愛国教育」が背景にあるとされています。まるで戦前の日本の軍国主義教育を彷彿とさせます。「教育」というものの重大さと「危険性」を改めて考えさせられています。「愛国教育」という名の下に日本の戦争犯罪だけを取り上げ、戦後の日本の姿や中国自身がこれまで多大な恩恵を受けてきたODAや円借款に関する情報は一切教えないという偏った教育がどれほどの弊害をもたらし、日中間の関係を不正常なものにしているかを中国の指導者は考えるべきだと思うのです。
確かに、日本の戦後の指導者も戦争によって蹂躙したアジアの国々に対して明確な謝罪を避けつづけ、戦争責任を曖昧にしてきた責任は大きいのかもしれません。しかし、国家間での戦後補償は決着済みのことであり、日本国民全体の思いは深く戦争を反省し、日本政府が行おうとする武力行使に対しては厳しくこれを抑止してきたのは事実であると思うのです。もちろん、日本国内にもいろいろな議論があり、歴史教育や領土問題など様々な問題で賛否両論があることは民主主義国家では当然のことですが、国民的なコンセンサスというレベルでは、良識が発揮される社会であると信じたいと思います。

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